・昔の体育会系のクラブ活動などでは、
上級生が、下級生を「しごき」と称して、
過剰に厳しく練習させたり、
じぶんたちの私用を言いつけて働かせたり、
というようなことがありました。
幸い、ぼくは、そういう場所にいなかったので、
友人たちから、「こうなんだぜ」と聞いただけですが、
軽い上下関係から、人権侵害じゃないかという場合まで、
そういうことは、よくあったようです。
そういう関係が、何重にも悲しいのは、
虐げられていた下級生が、じぶんが先輩になったときに、
じぶんがされていたのと同じことを、
下級生に繰り返すという「伝承」があることでした。
さんざんされてイヤだったことを、
他の人にさせてやれ、と思えるんだ‥‥ということが、
なんだかとても気持ちわるく感じたものです。
<してもらって、うれしかったことをしたい。
されてイヤだったことは、したくない。>
そんな簡単なことを思うだけで、
なんともイヤな「伝統」は、断ち切れるのにねぇ。
母親が公民館のコンピューター講座に行ったら「今日は皆さん、Youtubeの映像からmp3をリッピングして、オリジナルCDを作って楽しみましょう」と言われて、某アーティストのライブのブート盤を作ったりしたそうだ。これって違法じゃないの?と電話が来た。役所がこんな事やってるとは…。
けれど、この会社もポストイットやメールでの指示や伝言が多い。
伝言で「○○、間違ってます」とだけ書かれたメモを見ると、
それはそう教わったのだけれど、とかそもそも違う人が作業した部分なのだけれど、と心の中で思う。
そして、何故目の前の席にいるのに面と向かって話をすることが出来ないのだろうか、と思う。
別に友達にまでならなくてもいい。
小さなことでも声を掛け合い、コミュニケーションの積み重ねで互いをより理解し、円滑な作業に生かす。
それはそんなに難しいことなんだろうか。嫌がる人の方が多いのだろうか。
いつも賑やかで活気のある職場は夢やフィクションの世界だけなんだろうか。
●おまけ(メンバーの休暇について)
1)メンバーが休みたいと言ったら全てノータイムでOKする。
2)ちゃんと考えられる人は、ちゃんと時期などを考えてるから問題ない。
3)ちゃんと考えられない人は、いつ休まれてもとくに困らない。
4)休みたい人を無理矢理引き止めてもいいことがない。
62 名前:(‘A`) :2010/05/21(金) 06:37:47 0
「ありのままの私を受け入れて」 なんていう女はムシがいいのよ。
ありのままのお前がなんぼのもんじゃっていうのよ。
なんの努力もしないで、ずうずうしい。
例えば畑の大根だって、
引き抜いて、
泥を落として、
皮をむいて、
千切りにするなりして、
お皿に盛って、
「はい、召し上がれ」って、
それで美味しく受け入れられるんでしょう。
泥だらけの大根を突き出して
さあ食え、食え!って、失礼だと思わない?
by 美輪明宏
先日、息子があまりにも部屋を片付けずに次から次新しいおもちゃを出しては散らかしていたので、「10分以内に片付けろ!残っていた物は捨てる!」と叱ったんだけど。
あまりにも散らかりすぎていたので、いつもの調子だと絶対無理だと思っていたら、息子が自分で「暮らしの中に修行有り、暮らしの中に修行有り」とか言い出して、一生懸命片付けて10分以内に片付け終わった。
これまでになかった事だったのでびっくりした。
それ以降、子供に約束して守らせるべき事は全部「暮らしの中の、激獣拳の修行」という位置付けにして、「この修行をやると、どうなる」というのもちゃんと説明した上で(たとえば、指を舐めるのをやめるのは、体の中にバイ菌が入らないようにして強い体を作る修行、とか)、「暮らしの中に修行有りじゃぞ」の合言葉で全部守らせるようにした。
以前のように声を荒げて怒ったり罰を与えなくても、子供もおもしろがって前より比較的言う事を守るようになったし、こっちもイライラする必要がなくなってなかなか楽しい。
お金を惜しんではならないのは質の高い時間を買うとき。
簡単に言うと、$25,000以上でTwitterの広告メニューを購入すると一般的なページと違ってよりカスタマイズできる「ブランドページ」を持てるというもの。
※このあたりはYouTubeのブランドチャンネルと同じ方式。
すでに21の広告主、例えば、Coca-Cola, Disney, Nike, PepsiCo がページをローンチしているようですね。正式には2/1からのようですが。
ハシズムとかいって批判するひとたちは権益を失いたくないひとばかりとおもってたんだけど、
なにやら権益とは無縁で単に「ついてゆけないひと」が多くいることを知った。
「ついてゆけないひと」の気持ちはおもに2点だろう。
ついてゆけないひと → a.やりかたが嫌
b.変化の先の保証がみえないから嫌
a.やりかたが嫌、というのはおそらくどうして橋下市長がこういう手法をとっているのかが判らないのだ。
彼らにはたぶん唐突にどんどん進んでゆくようにみえるので「独裁」となる。
b.保証がみえなくて嫌、というのはリスクへの知識不足からきており、はやく投資教育を必須科目にすべきとおもう。
薬師院とかいう「ついてゆけないひと」は政策論でディベートをやろうとすらおもってない。
理由は橋下市長のやってることの正否をジャッジできないからだ。
だから対案があるワケでもない。
薬師院とかいうひとの気持ちはこうだろう。
「なにがなんだか解らないけどついてゆけないから怖いんです」と。